回航記録


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この記録は、1999年6月に完成した新艇トロピコ号を、大分から沖縄まで回航した際の航海記録です。


 計画はこうだ。2日早朝佐伯港出港、宮崎から鹿児島沖を航行し、種子島をぬけ、屋久島で入港。ちょうど昼頃になるはずだ。そこで燃料を入れ、トカラ列島を島づたいに南下、目標は奄美大島だが、状況を見てどこかの島に入港。5時以降はやはり危険だろう。暗くなる前に入港すべきだ。翌日、早朝に出港、あとは沖縄を目指すだけだ。大分からおよそ770km、調子よく行けば20時間以内で、那覇までかえって来ることができる。

 私はこの航海に誘われた。それまで、新艇は沖縄で造っているものだとばかり思っていたので、ちょっとした驚きだった。そしてそれは、海が好きな私にとってとても魅力的な話だった。しかし、なにがあるかはわからない。全長15m程度の船ではたして大丈夫なのだろうか。大分から沖縄までが、どれだけ離れているか回航マップを見て欲しい。慶良間諸島がどれだけ近いか比べて欲しい。不安もあったが、このチャンスを逃すのは惜しいと思い、私は同行することにした。

回航マップ




6月1日火曜日
 5時半起床、準備を済ませ空港へ向かう。6時半に新那覇空港着。山本さんと井出君はすでに来ていた。7時20分、私たち3人は福岡行きの飛行機に乗り込んだ。那覇空港も見事にきれいになったが、福岡空港もすばらしい。めったに飛行機に乗らない田舎者の感想だ。福岡からは、高速バスで大分に向かう。約2時間半のドライブだ。沖縄に住んでいると、山のある景色を見ることがない。山に囲まれた九州の景色は実に美しい。
 大分駅に着いたのは、昼過ぎ。さらにここから、電車に乗り佐伯へ向かう。大分駅では、昼食を仕入れる。しかし、うまそうなものばかりだ。ついつい買いすぎてしまった。

 大分駅のホームで、もう一人の乗船者コマツの藤崎さんと、会う。本来なら彼とは那覇空港で合い、同じ飛行機で行く予定だった。しかし、山本さんが何度電話をかけても、連絡がとれない。「3人で行くことになるかもしれない。」藤崎さんは大分から、沖縄までの回航を何度か体験している人だ。いくらGPSがあっても、海ではなにが起こるかわからない。経験豊富な山本さんでも、これほどの距離を航海するのは初めてなのだ。その藤崎さんとうまく会えたので、山本さんもほっとしたようだ。

 1時間15分ほどで、電車は佐伯の駅に到着、迎えの車が着ていた。造船所の社長の富高さんだった。社長といっても、人の良さそうな漁師といったイメージでとても好感のもてる人物だ。造船所までは、約1時間、すでに3時を過ぎている。那覇を出て8時間、佐伯港は本当になにもない田舎町だった。
 港に行く前に、食料の買い出し。さて、なにをどれくらい買ったものか、検討がつかない。水2リットル、お茶2リットルをそれぞれ4本、パン、缶詰め、ドーナツ、バナナ、グレープフルーツなどなど、なんだかわけのわからない組み合わせだ。5人の男と買い込んだ荷物で車の中はいっぱいになった。

 そして、ついに車は海に面した道路わきに止められた。海側に古びた倉庫のような建物がある。それが造船所だ。鉄くずや、なんだか訳の分からないものが散らかる建物のわきをぬけ、海側に出ると、青々とした緑の山を背景に、静かに水面に浮かぶ、できたばかりのクルーザーが姿を現した。
 「おー」井出君が声をあげた。たしかにすばらしい船だった。私は正直安心した。この大きさでこの形なら、沖縄まで安心していけそうだ。もし、これまでダイビングで使っていた船とかわらないようなら、やはり、危険だろう。今回の回航の事を伝えたら、「保険かけて、受取人になっとこう。」と笑いながら話していた友人の顔を思い出した。



 船の準備は、ほぼ整っていた。すでに200リットルの軽油を満タンにしたドラム缶が4本積み込まれている。山本さんは実に嬉しそうな顔をしていた。「ちょっと行ってみましょう。」富高さんが、山本さんをさそう。さっそく走らせてみることになった。

 山本さんは、多少緊張しているようだったが、2つのスクリューと舵を巧みに操り、船を桟橋から静かに離した。やがて、船首を豊後水道に向けると、420馬力のエンジン2機は徐々にうなりをあげていく。船首がかなりの高さまで上がり、デッキがかたむく。2階操舵席にたつと時速50kmの風が吹き付ける。とんでもない速さだ。こんな船は乗ったことがない。しかも、横揺れが少ない。これなら快適な航海になるかもしれない。しかしそれはかなり甘い考えだった。




 一つ問題があった。GPSが動かなかったのだ。GPSなしで、出港するのはかなり無謀だ。山本さんも、不安な表情こそ見せなかったが、心配したようだ。しかし、社長は平然としたものだ、「すぐなおさせますから・・・」やがて、メーカーの人がきて、修理がはじまった。1時間が過ぎたが、まだ、修理は終わらない。
 冨高さんは、先に民宿に行って休んでくださいと気を使ってくれたが、山本さんも、井出君もボートのそばを離れたくないようだ。もっとも、宿へいってもする事があるわけでもない。私たちは船をすみからすみまで見て回り、修理が終わるのを待った。

 6時を過ぎたころ、やっとすべての準備が終了。GPSも単なるコードの断線とわかり、作動した。
7時、民宿へ移動し、夕食をとる。佐伯湾は非常に入り組んだ海で、外海から離れるにしたがって、まるで湖のようになる。魚介類が非常に豊富で、つりにも最高の海なのだ。その日の食卓にも、驚くばかりの海の幸がならんだ。
 9時、民宿の部屋にもどり、布団に入ると程なく私たちは眠りについた。しかし、私は深夜、一人目が覚め、なぜか、眠れなくなった。未知の体験への、不安と期待からだろうか。


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