10月 北風が吹き、友が遠方より来る


 普通に生活をしていると、風向というのはそれほど重要な天候の要素ではないですよね。まあ、冬になると北風が吹いて冷たいとか、春一番が吹いたときとか、そんな程度だと思います。でも毎日海に出て行く人たちにとって、風は重要な問題です。そして同じく大切なのが潮、干潮満潮の時間、大潮か小潮かです。

 潮の流れと風の向きがぶつかると波が大きくたち、逆に潮の流れと風の向きが同じ方向になると波は小さくなるのです。潮の流れは場所によって微妙に変化し、風も時間によって変わっていきます。判断を誤ると命に関わるので、情報と状況の見極めはほんとに大切なことなんですね。



 友人Tからメールが来ていた。「来月、沖縄まで行くよ。ダイビングできるかい?」彼は小学校時代からの付き合い、同じクラスにいたのは中学のわずか1年間だけで、あとは何年かに一度会う程度なのだが、なぜかウマが合うので今だに連絡が途絶えることはない。

  その時彼はアメリカ、ニュージャージーにいた。メールによれば東京に戻り1日は仕事だが、翌日の朝沖縄に来ることができるらしい。
 10月のある日、朝一番の飛行機で彼は沖縄に来た。これまで彼と会った場所は、福岡・東京・神奈川・京都・宮崎・群馬・・・会うたびに違うのだ。
 「よぉ」「やぁ」短い挨拶、僕たちは握手をし再会を喜んだ。今回は2年ぶりかな?

 彼の沖縄滞在は1日だけなので、ダイビングができるのは到着の日しかない。トロピコの午後便チービシダイビングならOKだな。僕自身今月もなんだかんだと忙しく、今月初のダイビングとなる。



 チービシは那覇から20分も走れば着くところだ。海が荒れて、「慶良間に行くにはちょっと厳しいなぁ」なんて時に行くことが多いので、もう何年も潜ってはいない。トロピコにはプロスパーという船があり、昔はこれで慶良間ダイビングによくいったものだが、今は1号2号ができて慶良間まで1時間以内で行けるようになったので、プロスパーはチービシ専用となった、久しぶりの乗船だ。船長は森ちゃん。

 僕らは昼食をすませ、港に向かった。空は晴れ渡り気分がいいが、風が強い。北風だ。かなり海は荒れているだろうな。12時45分の集合だが、ゲストの到着が遅れるらしい。30分ほど待つことになったが、逆にのんびりできてよかった。Tにとってはかなり久しぶりのダイビングだ。

 あらためて見ると、プロスパーは意外といい船だ。さすがに古いのであちこちに傷みはあるのだが、船長がよく整備・掃除をしているのでキャビンも気分がいい。内部は木造で再塗装すればいい雰囲気になるのは間違いない。座って話をしていると、映画ジョーズ1の木造船キャビンでのシーンを思いおこさせる。






 1時半、ゲストも到着し準備完了、プロスパーは軽快なエンジン音をたて那覇港を出て行った。防波堤まで5分程度、湾内もすでに波が立っている。
 「風、強くなってきたなぁ」森船長が言っていたが、外海は結構な波だろうなぁ。

 「でも、昨日よりはいいよ。」荒れた海には何度も出ているのだが、僕は今だに恐怖感を拭い去れない。やがて赤灯台の脇を通り、外海にでる。北風なので、当然北から南へ波が進む。波高は2〜3mはあるだろう。そこを東から西へ船を進ませるのだから、船は左右に揺すられながら走ることになる。大きな波が来ると船は大きく左に傾き、時には波を超えられず水の坂を横滑りする。これがなかなかスリリングだ。

 一般に波に向かって走ると、船は前後に揺れ、船体も水面に叩きつけられるので、乗り心地は非常に悪いのだが安全性には問題がない。逆に追い波は危険だ。サーフィン状態になるのだが、波のスピードは船よりも速いので波に転覆させられる可能性があるのだ。横からの波の場合、できるだけ舳先を波に当てながら蛇行するように進めているようだ。 森ちゃんも決して無理をするような人ではないので心配はないのだが、プロスパーはどの程度の波までOKなんだろうなぁ。

 やがて、チービシのわずかな島影に入ると、海も多少穏やかになる。この風向きでダイビングができるのは神山島の南側だけだそうだ。数隻のダイビングボートが集まっていた。

 「ラビリンス」これがポイントの名前、怪物ミノタウロスが閉じこめられた迷宮、ギリシャ神話だ。僕にとっては初めてのポイント、「楽しそうじゃん」Tも期待をしている。はたして、ミノタウロスは現れるか?

 迷宮というわけで、ここには洞窟がいくつもあるのだ。それほど大きなものではないが、それなりに楽しむことができる。透明度も悪くないし、天気が良いので日差しが水中まで届く、洞窟はライトなしでも行けるくらいだが、一人ずつしかはいれない大きさだ。

 いくつかのトンネルをくぐり、最後のひとつを抜け出たとき、目の前にミノタウロスが現れた! いやちがった、でかい顔が現れた。水中でマスクをしていても、それが山エミであることはすぐにわかった。彼女はもとトロピコのガイド、ずっと前にショップをやめハワイに行ったと噂されていたが、それ以来消息は知らなかった。いやー、懐かしい。彼女もすぐに僕に気がつき、水中ボードになにやら書いている。「なんでチービシ?」それよりなんでお前がここにいるんだ?まあ、いいか。僕も返事を書いて、手を振って水中で別れた。






 今回はこのラビリンスでしか潜れなかったが、チービシにはまだまだいいポイントもある。神山島・ナガンヌ島・クエフ島の3つをまとめてチービシと呼んでいるが、正確には慶良間諸島の一部だ。どれも無人島で、ナガンヌ島は草木が茂り、北側には美しいビーチがあって、ウミガメの産卵地でもあるらしい。本当か嘘かわからないが、ここには昔ディスコがあったなんて噂を聞いたことがある。今では建物の残骸がわずかにあるだけだ。桟橋もあるのだが今は朽ち果てている。神山島は岸壁に船を着けて上陸できるような岩の島、クエフは木一本すらないサンゴの砂の島だ。夏にはアジサシというカモメの仲間が数百か数千かという群れをつくる。クエフが産卵地になっているのだ。コンディションのよい夏に訪れれば、ここがどんなにすばらしいところかわかるだろう。

 慶良間諸島ほどのダイナミックさや、魚影の濃さはないようだが、なんといっても午後からのんびり出発して2本潜れる手軽さは魅力だ。

 北風はさらに強くなっている、2本のダイビングが終了した。さぁ那覇に帰ろう。
「おもしろかったよ、ダイビング何年ぶりかなあ、いやよかった。」Tは十分楽しんでくれたようだ。ダイビングは一人で参加しても楽しいものだが、仲のいい友人と潜ればさらに楽しめるものだなぁ。




 「さあ、ビールだ、ビールだ!」家に戻り早速乾杯だ。Tは明日沖縄をたつが、出発は午後、今夜は久しぶりにゆっくり飲めそうだな。彼とのつながりは音楽がメインで、これまでも短い時間の中で曲を作ったり、お互いの作品を聞かせあったりしたものだ。だからこうして会うときには昔のテープを引っ張り出したり、好きなDVDを見せたりと、延々と話は続き、遅くまで酒を飲んでしまう。

 明日以降の予定は、故郷の福岡で一泊、また東京に帰って仕事、それから群馬の自宅、翌日には成田から1週間インドに行くらしい。すっげースケジュールだな。いったい何時間飛行機に乗るのだろう。

 もともと、タフな男で今でも休みはテニスを続けているが、いつ聞いても過密スケジュールだ。疲れてるんじゃないのかなぁ。

 2本目の泡盛が空になりそうだ。Tは空になっている僕のグラスに氷を放り込んだ。そのロックアイスは大きかったので、グラスの上に乗ったままだ。その瞬間、彼は信じられない行動にでた。酔っていたので判断を間違えたのだろう、左の手のひらで、氷を叩きつけたのだ! グラスは砕け破片が飛び散った。同時に彼の手から真っ赤な血が噴出した。手のひらからまさに噴水のように赤い血が20cmほど吹き上がった。あわててタオルで手を押さえ、そして腕を縛ると血は止まった。手を上げたほうがいいだろうと思い、腕を支えた。

 一瞬の出来事に僕は気が動転しそうだった。あんなに吹き出る血を見たのは初めてだ。しかし、ふとTの顔を見てさらに驚いた、完全に血の気が引いていて、意識がないのだ!
「おい!しっかりしろ!」声をかけてもまったく反応がない。彼の名前を呼び、軽く頬を叩いてみたがだめだ。最後には何度も力いっぱい頬を叩いた。やがて彼の意識が戻った。 「おい、大丈夫か」「うっ、すまん」ボケたような表情で彼は答えた。どうやら大丈夫なようだ、酒宴は終わりTはすぐに眠ってしまった。

 やはり、かなり疲れていたんだろうな、翌日はゆっくり休み、昼過ぎの飛行機で元気に沖縄を去っていった。



 ついに沖縄の夏も終わり、北風の季節に突入です。夏らしい海を迎えるのは5月頃なのですが、ダイビングがオフシーズンになるわけではありませんし、毎日強い北風というわけではありません。天気さえ良ければTシャツ一枚で“帰ってきた夏”気分も味わえるんですよ。

 友人のTは、長く営業の仕事をやっていて、今でも1年のうち200日以上を国内・海外のさまざまな地で過ごしているようです。今はいったいどこにいるのでしょう。



文・写真 流離のナイチャーダイバーF


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