9月 夏の終わりに


 今年の7月8月は、近年まれに見るといっていいほどのすばらしい海を堪能できました。強烈な太陽光と極彩色に彩られた海中の美しさは、まさに「絵にも描けない美しさ」昔の人たちもダイビングをしたのでしょうか?

 9月は案の定というか予定通りというか、台風がやって来ました。いつも思っているのですが、ダイビングは雨の日でも風の日でも、そして冬でも雪の日でも、それはそれで楽しめるのだ、ということです。海は生きています、だからいろいろな表情を楽しむ事ができるのです。
 今回は終わりを迎え始めた沖縄の海と、慶良間を漂う夢のダイビングの話です。



 9月某日早朝、時計を見ると6時。休みの日はついつい昼まで寝てしまう方なのだが、「今日はダイビングだぁ」と思い出すとやはり目が覚めるものだ。海に出る日はやはりいつもと違う感じがする。のそのそとベッドから這い出し、寝ぼけていたのか、いきなりメッシュバッグを引っ張り出して中を確認、「よしよし、マスクもレギもOKだぁ」

 そそくさと朝飯や準備を済ませ、今日は一番乗りだ、と車を出して港に向かった。空は端から端まで青一色だ。ショップに着くとお馴染みの顔、「おはようございまーす」Aさんは僕と同様本土の出身、転勤で沖縄に来ている。ほとんど毎週顔をあわせている海の仲間。「今日はどこに行くのかな」「粟国行けるかな?下曽根もいいな」笑顔をかわすのが気持ちいいい。

 お店の中でゲストとガイドの顔合わせ、又一人、又一人と仲間が増えていくようでうれしい。さぁ、港に向かおう。港では髭面の船長が待っている。海はベタ凪ぎだ。今日はどんな世界が待っているのか、ドキドキしながらセッティングを進め、程なく船は防波堤をこえて外海へでる。

 その直後だった。突然大きな波が船を襲う、3メートルの向かい波「うわぁ」さらに巨大な波が前方に見える。5メートルを越す波だ!船は左へ船首をふる、しかし間に合わない。波が船を大きく傾かせ、積み上げたタンクが高い金属音をたて、同時に悲鳴が上がる。舷に腰掛けていた僕は海の中へ放り出された。目の前は真っ白になり、鼻から海水が入る。苦しいと感じた瞬間、ベッドに寝ていることに気がついた。



 時計を見ると7時25分、まいったなぁ、なんて夢だ。沖縄でダイビングボートが転覆などという話は、噂にも聞いたことがないのだが、冬の荒れた海に出るとやはり怖いと感じることもある。もちろん沖縄でファンダイビングをする場合は心配はない。転覆するかも知れないほど荒れた海に、船を出すようなことは決してないのだ。

 はるか南方に台風が発生している。天候は晴れ、やや風が強い。ちょっとは荒れるんだろうなと思いつつ港に向かった。

 天気はいいのだが9月に入り台風が訪れ、やがて去っていくと、沖縄の気候もわずかな変化を見せる。一言で言うと爽やかになるのだ。青空も白い雲の形も8月のものとはわずかに違う。強烈な日差しで肌が痛く感じることもないし、吹き出るような汗をかくこともないので、以外とお勧めシーズンかもしれない。

 防波堤に囲まれているので、港の海は静かだ。まして東風だと西側にある港では外海の状況はわからない。もちろんスタッフは風向や潮などから、すでに外海の状況を推測してるが、一般のダイバーにはこの時点では予想もつかないものだ。

 湾内はあまりスピードを出して走ってはいけない、というルールがある。船が走ると波が立ち、その波が他の船を大きく揺らしてしまうからだ。これを引き波という。凪ぎの海でも、近くをフェリーなどが通過すると船は驚くほど大きく揺れてしまうのだ。外海の状況を知りもしないダイバーたちは、和気あいあいと準備を続けた。

 さて、今日のダイバーも20名を越す。ふと見ると、その中に見覚えのある女性がいた。あれ?誰だろう。記憶をたどってみるが思い出せない。どうやら沖縄で知り合った人ではなさそうだ。声をかけようかどうしようか、こんなとき僕は結構躊躇してしまう。モタモタしている間に船は出港となった。




 湾内はゆっくり走っても5分ほどで通過できる。防波堤の両端に灯台があり、南側が白灯台、北側が赤灯台だ。風の向きによってどちらの出口を使うかも変わってくる。白灯台のそばを抜けるとそこからが外海だ。海上には白波が立っているのがはっきりと見える。うわぁ、思ったより荒れているなぁ。今朝見た夢を思い出して気持ちだけ先に潜行してしまった。

 波高2.5mといったところかな。回航の時を思えばなんてことはないのだが、楽しいクルージングとはいかない。ほとんどのゲストは黙ったままじっと揺れに任せて慶良間着をまった。50分ほど我慢ができれば、渡嘉敷島の島影に入ることができる。そうすれば海は穏やかになるのだ。

 渡嘉敷島の西側は数多くのポイントがある。サンゴあり砂地あり沖縄らしいきれいな魚が十分に楽しめる。ポイントに着くとすぐに潜行の準備だ。天気がよく風が心地よい。何度も入った有名なポイントだ。チーム分けが発表されると、気になっていた女性の名前がわかった。そして、それと同時に思い出した。彼女はアドバンスの講習を受けたときのバディだったのだ。15年も前のことだ。

 アドバンスの講習を受けたとき僕の経験本数は8本、講習地は伊豆菖蒲沢だった。ダイビングは友人2人と始めたのだが、アドバンスは一人で受けた。その頃にはもう完全にはまっていたので、予定の合わない友人などどうでもよかったし、講習で一緒になった人と友達になれることがわかっていたので、一人で参加したのだ。そのとき一緒にいたのが彼女、年齢はわからないが僕よりも年下らしい、ただダイビングの経験は彼女の方が上で、その時点でたしか20本ほど、沖縄にも行っていたようだ。

 今思うと「ケラマ」「ザマミ」という言葉を始めて聞いたのが、彼女との会話の中だったのだ。ログを付けるときに沖縄に行った話をしてくれたのだ。「ケラマ」今でこそ違和感なく聞けるが、当時はまるで外国語のように思えた。ダイビングの聖地があるとすればここじゃないのか?その頃から僕は沖縄に憧れを持つようになったのは言うまでもない。僕を沖縄へ導いたきっかけはこの女性なのだ。

 彼女は細身で小柄、ショートカットが似合うちょっとボーイッシュな感じの可愛い女の子。「友人を連れてこなくて正解だぁ」僕のことを自分より経験のあるダイバーと思っていたらしく、それまでが8本だと知るととても驚いていた。彼女は水中ではまだ不安を感じるようで、水面移動の時などは僕を頼り手をつないでいたりしたのだ。僕はすっかり彼女に一目惚れ状態、講習中はずっと仲良くしていたのだが、ついに連絡先も聞けずにそれだけで終わってしまった。




 「アリガー」という言葉もやはり、不思議な響きだ。ここもいったい何回入っただろう。白い砂地に、数メートル程度の根があり、そこに数万匹の小魚が根付いている。砂地にはガーデンイール、小型のハタやミノカサゴなど種類も豊富、根についてからはダイバーたちは自由にあちこちを見て回ることができる。しかしなんといってもここの見所は、初夏から現れるスカシテンジクダイなど数万匹に及ぶ大群の美しさと迫力だ。

 いつまでもそこにいて魚を見ていたくなるのだが、あまり浅いところにあるわけではないので根のそばにいられるのは20分程度で我慢だ。そのあとはまた、ガイドに従って浅瀬に戻りエギジットとなる。

 水中も実に穏やかで、透明度も抜群だ。まだまだ水温も高いので3mウェットスーツでも暑いくらいだ。こんなダイビングは実に気持ちが癒されるなぁ。
 1本目のダイビングが終わると、船はポイント移動。同じく渡嘉敷西側のタマルルにアンカーを入れ2本目と昼食だ。
 15年ぶりの再会となったSさんに声をかけると、彼女も思い出してくれたようでとても喜んでくれた。15年の間に僕の体型はだいぶ変わってしまったが、彼女はまるであのときのまま、表情や体型には明らかに大人っぽさが加わって、蛍光ピンクのビキニが眩しい。長くのばした髪はセクシーで果てしなく魅力的だった。会話の中で見せる笑顔についつい怪しい期待を持ってしまう。

 話しはあのときの講習と沖縄とダイビングにつきた。何度も沖縄には来ているようだ。いわゆる沖縄フリーク、こうやって出会えたのもそれほど不思議はない。すっかり仲良くなり、メールアドレスと携帯の番号を教えてもらった。




 3本目はドリフト、癒しのダイビングもいいが、やはりダイビングの醍醐味はドリフトだ。朝よりも風は弱まり、波も落ち着いている。ちょっとハードな流れを楽しめそうだ。4人ずつ船尾から飛び込みすぐに船から離れる。ガイドの確認ですぐに潜行、水底を目指す。まだ、ここは流れが弱いが目の前の大きな根を回れば、激流の可能性は高い。

 思ったとおりだ、流れが速い。しかも運がいい、進行方向と流れの方向が一致している。流れに任せ、いくつかの小さな根を回るダイビングが楽しめる。水深は17m前後、今年はどこもキビナゴやムロアジの群れが多いので、水中はにぎやかだ。時折イソマグロも現れるし、中層を泳ぐサメも目撃した。沖縄のダイビングで見られるサメはネムリブカといって名前のとおり岩の下などで寝ていることが多いのだが、ドリフトダイビングではたまに中層を泳ぐところを見ることができる。危険はないのだが、やはりサメはサメだ。泳ぐ姿は実に迫力満点。あんまり近づくのはどうかな。

 やがて水底は深さを増してくる。そろそろ40分、エギジットの準備だ。水底から離れ中層を移動、透明度がいいのでいつまでも水底が見えている。いいダイビングだった。

 帰りのクルージングは思ったより穏やか、4時前には入港、那覇の空も晴れ渡り港にも心地よい風が吹いていた。Sさんは明日東京に帰るとのこと、
 「また一緒に潜りましょう、メールくださいね」

 その言葉と優しい笑顔を残し、彼女はショップの車に乗り込んだ。僕は自分の車に戻り、トランクに機材を放り込む。あはぁ、今回はよかったなぁ、早速彼女にメールを送ろう。なんだか変に幸せで、ちょっと怪しい気分。ついニヤニヤしてしまう。

 車のシートに座ったら気がついた、上着がまだ船の中だ。僕は船に戻り、キャビンに脱いだままの上着を取り船から岸壁に移る。チャポーン、何かが海に落ちた。それが何かはすぐにわかった。港でも透明度が良いので沈んでいくところが良く見えるのだ。それは僕の携帯電話だった。「あっ」どうすることもできなかった。聞いたばかりのアドレスも番号もあの中だ。

 まるでスローモーションのように、ゆっくりと静かに沈んでいく携帯電話を、僕はじっと見つめていた。

 あはっ、こんなものかもなぁ・・・、ふと見上げると果てしなく青い空に静かに流れる白い雲、僕は携帯と彼女のことをさっさと諦め、家族の待つ家に車を走らせた。窓を開けると風が心地良い、夏はあきらかに終わりを迎えていた。



 9月に予定していたダイビングはことごとく台風にあたり、ついに海に出ることはできませんでした。夏の終わりは何だか少しさびしいですね。本土から来ればもちろん十分に夏なのですが、わずかな気候の変化が、さして寒くもない冬の到来さえ感じさせます。1年を通しての楽しみはあるのですが、正直やはり夏の沖縄が一番好きです。



文・写真 流離のナイチャーダイバーF


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